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待っているよ [【お】 思うこと]

皆、元気かなと思う。


この1ヵ月程を振り返る。

地震以降、私自身もバタバタしてたからあんまり連絡取れなくて、
話を聞くと皆、大抵何かしらの影響があってすごく心配になる。

そんな中でも4月上旬の誕生日を祝ってくれた人がいて嬉しかった。
ありがとう、忙しかっただろうにね。
覚えていてくれた事がすごく幸せだった。

人に会ったり、話したりしたい。
何が悲しいんだろうって、当たり前だと思ってた日常がそうじゃなくなって、
以前みたいに人と連絡取り合って会うのも難しくなってしまった事。
雑談メールですら懐かしい。
それがどれだけ幸せなことだったかと思い知った。
今は仕方ないときちんと分かっている。

何をもって「被災」「被災地」とされるのか私には分からない。
ただ、悲しみの比較はしなくていいと思う。
誰誰に比べたらとか、何処其処の地域の人に比べたら、と個人の苦しみまで押し潰さなくていいと思う。
震源地から遠くても辛い思いしてる人はたくさんいる。
感傷的になれというわけじゃない。
けれど自分が辛い時にその感情を否定しても、余計に辛いだけだったから。

連絡のつかない親戚がいる。
余震には少し慣れたけれど、眠りは浅くて悪夢を見る。
時折、ひとりでいるのが物凄く寂しくなる。
親しい人達に会いたい。とても会いたい。
どうしようもないことだと頭では分かっている。

東京で震度5弱。
ちょうどあの日は用事を済ませて部屋にいたんだよなと思い出す。
上階でひどく揺れたけれど、運よく一番安全な落ちてくる物の無い隅にいた。
だんだんと揺れがひどくなって照明の紐どころか傘が天井につくくらい振れていて、
家中がきしむ音から、何かが折れるような音に変わっていった。
いつ天井が落ちてくるだろうと本気で恐怖を覚えた。
台所で食器が割れる嫌な音が続いて、真横の食器棚から灰色の塊が飛び出したと思ったらグラスだった。

その後すぐに地震と津波と原発についてのニュースを見る事になった。
余震にびくびくしながらネットで情報を確認した。
ベランダに出たら真夜中になってもどの家も煌々と灯りがともっていた。
翌日の新聞の余白ばかりのテレビ欄には驚いた。
母校の大学も少し壊れたと後になって知った。

外で地震にあって、乗っていた自転車からその場にしゃがみこんだとか、
腰を抜かしてしばらく動けなかったとか、
帰宅困難者になった人の話も聞いた。

給油制限はすぐに始まった。
西から東北へ向かう自衛隊の車を何台も見た。
親戚の家に蝋燭を届けにも行った。
スーパーの棚は長い間水や乳製品がガラガラだった。

自分でもびっくりするくらい口数が減ってて、ああ、いけないと思った。
趣味も放置気味だし、欲しい物と思っていた物がどうでもよくなってしまった。
地震で落ちて割れた食器を買い替える気にもなれなくて、隙間の空いた食器棚になった。
建物が歪んだのか、サッシが歪んだのか、ベランダの方は戸が上手く閉まらない。
冷蔵庫やテレビは重くて元の位置に戻すのには苦労した。

たくさんの情報や意見を見聞きした。
溢れる文字や声の中の何から正しくて、何が間違っているのか。
時々、ひどいなと腹を立てるような内容もあった。
地震警報には今でも身構える。

自分は自分でなきゃ復旧できないから、
楽しい時は笑って、悲しい時はどうしようもなかったら泣くよ。
多分、それが私にとっての平常運行だから。

少しでも気分転換できるならそれは大事な事で、優先してほしいと思う。
自粛や節約のしすぎもやっぱり気持ちが萎えてしまうね。
明日がどうなっているのかも分からないけれど、来年は私からお花見に誘えるかな、と考える。
満開の桜を見に行くなら都道府県境を超えるのも構わない。

毎日は今までやってきたかそれ以上にどうにかこなしていくよ。
自分に何ができるかは手探り状態。
どうか、誰もが少しでも休めますように。
これからのいつもが今までとは違っても、また笑って会えるようなそんな日まで待っているよ。
タグ:地震
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